2017年3月9日木曜日

イシン



年代:BC1953-BC1730頃

●ウルの滅亡後、最大の王国として栄えた「イシン」

イシン第1王朝の始祖であるイシュビ・エッラは、元々はウル王イビ・シンの配下だったという。
イシュビ・エッラはイビ・シン王に命じられてイシン市に食料調達に出かけたが、イシンで反旗を翻したとされている。

ウル第3王朝滅亡後、イシンはウルを占領したエラムと戦いを重ね、ついにエラムを撃退した。
イシンは南部メソポタミアで絶大な力を持ったが、徐々に新興国家であるバビロン第1王朝ラルサに圧迫され、ついにラルサによって滅ぼされた。

●その後のイシン

イシンに勝利したラルサであったが、まもなくバビロン第1王朝のハンムラビ王に敗れ、滅亡した。
以後、イシンはバビロンの重要都市として繁栄した。

紀元前1150年頃、マルドゥク・カビト・アヘシュによって、イシンは再び独立した。
これがイシン第2王朝とされているが、バビロンを拠点にしていたため、バビロン第4王朝とすべきだという見方もある。

イシン第2王朝の王であるネブカドネザル1世は、エラムに壊滅的な被害を与えるなど大きな功績を残した。
しかし、アッシリアの勢力拡大に伴いイシン第2王朝は衰退してしまった。