2017年3月7日火曜日

ウル



年代:BC3800-BC1940頃

●シュメール人最後の王朝「ウル」

メソポタミア最南部に位置する、シュメールの都市国家。
第3王朝時代にはメソポタミアのほぼ全土を支配し、全盛期を築いた。

●ウル第1王朝(BC3800-BC2500)

ウルは、ウルク第1王朝のあと王権が移った都市とされ、ウルの創始者であるメスアンネパダは、ウルクの英雄王ギルガメシュと同年代の人物であると言われている。
この時代のウルは裕福な都市であったと考えられており、実際に多数の貴金属などが出土している。
後にアワン朝(エラム)の支配下に入った。

●ウル第2王朝

ウル第2王朝について判明していることは、ほとんど無い。

●ウル第3王朝(BC2040-BC1940)

ウル第3王朝は、ウルの軍事司令官であったウル・ナンムによって建てられた。
ウル・ナンムは、グティ人からメソポタミアを解放したウルク第5王朝の王、ウトゥ・ヘガルの親族と考えられている。

ウル第3王朝は、グティ王朝滅亡後のメソポタミアを支配した。
また、史上初めて法典(ウル・ナンム法典)を制定し、大いに繁栄した。

しかし、紀元前1940年に、エラムの侵攻により滅亡した。以降、シュメール人の王朝が出来ることはなかった。

●その後のウル

イシンラルサ時代にはウル第3王朝の後継者を名乗るため、各地の王がウルを取り合あったと言われている。
また、王がウルのナンナ神殿に娘を捧げるという習慣も重要視されていたため、ウルの取り合いに拍車をかけたという。